残業の合間にスマホが震えた。
文香からだった。
「今夜は、いつもと違うことがしたい」
それだけ。
絵文字もない短い一行を、俺は何度も読み返した。
付き合って三年、同棲を始めて一年。
夕食の献立も、風呂に入る順番も、抱き合うときの手順さえ、決まりきった形をなぞっていた。
嫌ではない。
ただ、その「嫌ではない」が、時々ひどく心細かった。
帰宅すると、文香は部屋着のままソファの端に座っていて、俺の顔を見るなり膝の上のクッションを抱え込んだ。
「あのね、朔。笑わないで聞いてほしいんだけど」
「笑わないよ」
「わたし、前から……同人の、シチュエーションボイスってやつ、よく聴いてて」
耳が赤い。
指がクッションの縫い目を意味もなくたどっている。
「その中に、目隠しされて、手首縛られて、めちゃくちゃに……っていうのがあって。聴くたびに、いいなって思っちゃうの。朔にも、そういうふうに求められてみたいって」
「本気で言ってる?」
「本気…だけど…」
「痛いのとか、怖いのが好きってわけじゃなくて?」
「うん。朔が余裕なくなるところが、見たい…というか…」
その一言で、理性の輪郭が少し溶けた。
「わかった。ちょっと待ってて」俺は洗面所からタオルを、引き出しから使っていないネクタイを持ってきて、寝室の床に膝をついた文香の前に立った。
「嫌になったら、俺の名前をいって。」
「うん」
タオルを目の上に回して結ぶと、結んだてのひらに文香の短い呼吸が当たった。
細い手首を背中で重ねさせ、ネクタイを巻く。
きつすぎないように、けれど自分では解けないように。
指先が冷たくなっていないか確かめると、文香が小さく息を吐いた。
「……こんなに、静かなんだ」
「見えないとな」
「音が、全部近い。朔の呼吸まで聞こえる」
部屋着の裾をたくし上げ、ショーツを腿まで下ろす。
文香は逃げなかった。
背筋を伸ばして、されるがままでいようとしている。
すでに濡れた割れ目に指を沿わせると、すでに熱く、先っぽが沈みかけるほど柔らかかった。
クリトリスを軽く押さえただけで、膝が内側へ寄る。
「もう、こんなになってる」

