理人の働く店では、閉店間際の枠に決まって同じ客が入る。
予約表の最後の行は、いつも同じ名前で埋まっている。
俳優の透は、役に合わせて髪の長さを決めなければならない人で、撮影の都合で遅い時間にしか来られない。
五つ年下の理人は、客の世間話に相槌すら打たない美容師だった。
それでも透は通い続けているし、理人の指先は、口数の少なさと釣り合わないほど丁寧に動く。
ただ、透の顔は雑誌にも広告にもある。
共演者と肩を並べて笑う姿を、理人は画面の向こうで何度も見てきた。
切るたびに指が触れる生え際も、耳の後ろの小さなほくろも、自分の知らない誰かが同じように知っているのかもしれない。
理人はそれを口に出したことがない。
鏡越しに目が合っても、たいていは先に手元へ視線を戻す。
店の椅子と鏡のあいだにあるのは、客と美容師の距離で、これまでそこから動いたことはない。
そうして今夜も、店の時計は閉店の時刻へ近づいていく。
ほかに待っている客はいない。
外の通りを歩く人影も、すでにまばらだった。

